賃貸の見積書を見て、「仲介手数料 家賃1ヶ月分+消費税」という金額に、そういうものかと納得してハンコを押した方は多いと思います。実はこの「1ヶ月分」には、法律上、条件が付いています。ここでは、宅建業法が定める仲介手数料の上限のしくみと、その条件が実際に争われた裁判例を整理します。

仲介手数料は、初期費用の中でも金額が大きく、かつ「相場」として何となく受け入れられてしまいがちな項目です。しかし、その上限額と請求できる条件は法律・告示で明確に定められています。まずは制度の全体像を確認していきましょう。

仲介手数料の上限を定めているのは宅建業法46条

不動産会社(宅地建物取引業者)が賃貸借の媒介(仲介)に対して受け取れる報酬の額は、宅地建物取引業法(昭和27年法律第176号、以下「宅建業法」)46条で定められています。

  • 46条1項:宅地建物取引業者が売買・交換・貸借の代理または媒介に関して受けることのできる報酬の額は、国土交通大臣の定めるところによる
  • 46条2項:宅地建物取引業者は、1項の額を超えて報酬を受けてはならない

「国土交通大臣の定めるところ」にあたるのが、昭和45年10月23日建設省告示第1552号(宅地建物取引業者が宅地又は建物の売買等に関して受けることができる報酬の額。最終改正は令和6年6月21日国土交通省告示第949号、令和6年7月1日施行)です。この令和6年改正の中心は、低廉な空家等の売買・交換に関する報酬の特例、および長期の空家等の貸借に関する報酬の特例(貸主から受け取れる報酬の上限を借賃の2ヶ月分の1.1倍相当額まで引き上げるもの)の新設であり、通常の居住用建物の賃貸借に適用される原則(合計1ヶ月分の1.1倍、借主負担は原則0.55倍)自体は変更されていません。ただし、長期の空家等に該当する物件では貸主側の上限が異なる場合があるため、該当する可能性がある物件では告示の該当条文を確認してください。以下では、この空家等の特例を除いた、通常の居住用建物の賃貸借に適用される上限を整理します。

ポイント: 「仲介手数料の上限=家賃1ヶ月分」という説明はよく聞きますが、正確には「貸主・借主合計での上限」です。借主が単独で負担できる金額には、別の原則があります。

告示が定める上限のしくみ:合計1ヶ月、原則は折半

告示に基づく居住用建物の賃貸借の媒介報酬は、次のように整理できます。

区分 上限の考え方
貸主・借主の合計 家賃(借賃)の1.1倍以内(告示が「借賃の1月分の1.1倍」と定めており、消費税分を含む数値です。合計でこの金額を超えて受け取ることはできません)
貸主・借主それぞれの負担(原則) 家賃(借賃)の0.55倍以内(=0.5ヶ月分に消費税相当額を加えた水準)
依頼者の一方から1ヶ月分を受け取れる場合 告示の文言は「依頼者の一方」であり、貸主・借主のどちらについても、媒介の依頼を受けるに当たってその承諾を得ている場合に限り、その一方から家賃1ヶ月分+消費税まで受け取ることができる(実務上、これが問題になるのは主に借主負担のケース。なお、これは合計額の上限の枠内であり、借主から1ヶ月分を受け取った場合、業者は貸主から報酬を受け取ることはできません)

(消費税の免税事業者である業者については、告示上それぞれ1.04倍・0.52倍と読み替えられます。)

なお、この0.5ヶ月分の原則は「居住の用に供する建物」の賃貸借に限られます。店舗・事務所など事業用の賃貸借では、合計1ヶ月分+消費税の上限のみが適用され、一方当事者の負担割合に関する原則はありません。

つまり、宅建業法・告示のもとでは「(居住用建物の)借主負担は原則0.5ヶ月分+消費税」であり、「1ヶ月分」を借主だけに請求できるのは、承諾という条件を満たした場合の例外という位置づけです。実務上は、貸主が仲介手数料を負担しない(借主のみが負担する)物件も多く、その場合に「1ヶ月分」の請求が広く行われてきた経緯があります。

賃貸の初期費用全体における仲介手数料の位置づけは、賃貸の初期費用は家賃の何ヶ月分?内訳・相場と「任意オプション」の正体でも解説していますので、あわせてご確認ください。

なぜ「借主だけが1ヶ月分」を負担する物件が多いのか

告示の原則だけを見ると、貸主・借主が0.5ヶ月分ずつ負担するのが基本形です。しかし実務上は、貸主が「仲介手数料は負担しない」という条件で募集を依頼するケースが少なくありません。この場合、仲介業者としては貸主から報酬を受け取れない分、借主に対して1ヶ月分+消費税の負担を依頼する、という流れが生まれます。これ自体は告示の枠組みの中で行われている一般的な商慣行ですが、その前提として「借主の承諾」という手続きが必要になる、という点が今回の論点です。

争点になった「承諾」のタイミング:控訴審・東京地裁の判断

この「承諾」がいつ・どのように得られている必要があるのかが正面から争われたのが、借主が仲介業者に対して仲介手数料の一部返還を求めた裁判です。

内容
第一審 東京簡易裁判所(借主の請求を棄却)
控訴審 東京地方裁判所 令和元年8月7日判決(借主が逆転勝訴)
上告審 東京高等裁判所 令和2年1月14日判決(上告を棄却し、控訴審判決が確定)
事案の概要 借主が賃貸借の媒介を受けて仲介手数料(家賃1ヶ月分+消費税)を支払ったが、告示が定める上限(原則0.5ヶ月分)を超える部分は法律上の原因がない「不当利得」にあたるとして、仲介業者に返還を求めた(報道・解説によれば、支払われた仲介手数料の一部について返還が命じられたとされています。具体的な金額は一次判例での確認が済んでいないため、ここでは記載していません)
主な争点 告示にいう「媒介の依頼を受けるに当たって……承諾を得ている場合」とは、どの時点までに得られた承諾を指すのか
判断の要旨 「媒介の依頼を受けるに当たって」の承諾とは、遅くとも媒介契約が成立する時点までに得られている必要があり、媒介契約の締結後に1ヶ月分について承諾を得ても、告示が定める例外の要件を満たさないと判断した
結論 第一審(簡易裁判所)は借主の請求を棄却したが、控訴審(東京地裁)は承諾の時期が要件を満たしていないとして、原則の0.5ヶ月分を超える部分の返還を命じ、上告審である東京高等裁判所は令和2年1月14日に上告を棄却し、控訴審の判断が確定した

注意: 簡易裁判所を第一審とする事件では、地方裁判所が控訴審、高等裁判所が上告審となります(裁判所法16条3号・33条1項1号)。つまりこの事案でも、実質的に承諾のタイミングについて判断を示したのは控訴審である東京地裁の判決であり、東京高裁の関与は上告審です。高裁への上告は憲法違反や絶対的上告理由のほか、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反も理由にできますが(民事訴訟法312条3項)、上告棄却は必ずしも解釈全般について詳細な判断が示されたことを意味しません。また更新料・敷引き特約・追い出し条項など、賃貸に関する最高裁判決は他にもいくつかありますが、この仲介手数料の判決は最高裁判決ではなく、この事案限りで確定した下級審の判断であり、第一審(簡易裁判所)では逆の結論(借主敗訴)が出ていた点にもご注意ください。

この判決が示したのは、「借主が最終的に金額に納得していたかどうか」ではなく、承諾を得たタイミングが媒介契約成立の前か後かという、手続き面の要件でした。ただし第一審と控訴審とで判断が分かれた事案であることからも分かるとおり、この論点は事実関係の評価によって結論が変わり得ます。裏を返せば、契約書に署名する段階で初めて「仲介手数料は1ヶ月分です」と説明を受けた場合、その説明・同意が要件を満たしているのかは、確認してみる価値があるということです。

重要事項説明の場で確認すべき事項全般については、重要事項説明(35条書面)で本当に聞くべき質問リストもあわせてご覧ください。

自己診断:自分のケースはどれにあてはまるか

以下は、ご自身の見積もりや契約の経緯を振り返るための整理です。どのケースに近いかで、確認すべきポイントが変わります。いずれのケースも適法・違法の判定ではなく、個別の事案の結論は事実関係と専門家の判断によって異なります。

  • ケースA:物件探しの申込みをする段階で、「仲介手数料は借主負担で家賃1ヶ月分+消費税である」ことについて、書面や申込書への署名・チェックなど、明確な形で同意を求められた → 事前の承諾を裏づける資料が残っているケースです。ただし媒介契約がいつ成立したかは、書面の有無だけでなく、物件の紹介・内見・条件交渉といった実際の経緯から判断されます(報道・解説によれば、先の裁判例でも、物件や契約日が決まった時点で媒介契約が成立したと評価されたとされています)。承諾の書面がある場合でも、それが媒介契約の成立時点より後になっていないかは、経緯を含めて確認する必要があります。
  • ケースB:物件を紹介された時点や広告では金額の説明がなく、契約書にサインする段階になって初めて「仲介手数料は1ヶ月分です」と告げられた → 承諾のタイミングが媒介契約の成立後になっていないか、確認する価値があるケースです。
  • ケースC:ポータルサイトの物件広告に「仲介手数料:家賃1ヶ月分(+消費税)」と表示されていたが、申込み時に個別の同意を求められた記憶がない → 広告表示だけで「承諾」の要件を満たすかどうかは、事案ごとの事実関係によって評価が分かれ得る論点です。契約書・重要事項説明書に記載がないか確認しましょう。
  • ケースD:貸主も仲介手数料の一部を負担しており、借主の負担は0.5ヶ月分(+消費税)だった → 告示の原則どおりの負担であり、承諾の時期が問題になる場面ではないと考えられます。
  • ケースE:申込書や媒介契約書自体が見当たらない、あるいは受け取っていない → 承諾の有無・時期を確認する材料がない状態です。まずは仲介業者に交付を求め、書面を確認することから始めましょう。

どのケースであっても、「金額が高いかどうか」ではなく「承諾を得た手続きの順序」が法律上の分かれ目になっている点が、この論点の特徴です。

豆知識: 仲介手数料を貸主・借主のどちらが、どの割合で負担するかは、法律で一律に決まっているわけではありません。合計額の上限(1ヶ月分+消費税)と、借主単独の原則上限(0.5ヶ月分+消費税)の範囲内であれば、当事者間の合意によって配分が決まります。

行動:見積もりで確認すべきこと

仲介手数料の妥当性を確認するために、契約前に見ておきたい書類と、確認の視点をまとめます。書類は「後から見返せる形」で残しておくと、万一疑問が生じた際に経緯を説明しやすくなります。

  1. 見積書・請求書の内訳:仲介手数料の金額が家賃の何ヶ月分+消費税にあたるかを確認する
  2. 申込書・媒介契約書:仲介手数料の金額・支払条件について、いつの時点で署名・同意をしたかを確認する(媒介契約が成立する時点までか、その後か)
  3. 重要事項説明書・37条書面:仲介手数料に関する記載と、口頭での説明内容が一致しているかを確認する

注意: 以下は、確認のための質問の一般的な例であり、必ずこの言い方で交渉が成立することを保証するものではありません。個別の交渉や請求の当否についての最終的な判断は、宅建業者や弁護士などの専門家にご確認ください。

  • 「仲介手数料の内訳と、貸主・借主それぞれの負担割合を教えてください」
  • 「仲介手数料を1ヶ月分いただく場合、承諾はいつの時点で取得されていますか」

賃貸物件の紹介順位に関わる「AD(広告料)」のしくみなど、仲介手数料以外の不動産会社側の収益構造について知っておきたい場合は、なぜあの物件ばかり勧められる?「AD(広告料)」が紹介順位に与える影響も参考になります。

疑問が解消しない場合の相談窓口

仲介手数料の説明に納得できない、あるいはすでに支払った金額について確認したい場合は、次のような窓口が利用できます。

  • 消費生活センター(消費者ホットライン188):契約全般に関する相談窓口
  • 都道府県の宅建業法所管課:宅地建物取引業者に対する指導・監督を行う行政窓口
  • 弁護士会の法律相談・弁護士:返還請求など個別の法的手段を検討する場合
  • 不動産適正取引推進機構(RETIO):不動産取引全般に関する電話相談を受け付けています(紛争処理〔ADR〕は売買取引が対象で、賃貸の手数料紛争は対象外です)
  • (公社)全国宅地建物取引業保証協会/(公社)全日本不動産協会・不動産保証協会:仲介した業者が加入している保証協会に、宅建業法64条の5に基づく苦情の解決を申し出ることができます。加入協会は重要事項説明書や業者票で確認できます

いずれの窓口に相談する場合も、見積書・申込書・媒介契約書・重要事項説明書など、金額と時期がわかる資料をできるだけ揃えておくと、話がスムーズに進みます。

相談窓口の使い分けについては、賃貸トラブル、誰に相談すればいい?窓口の使い分けガイドで詳しく整理しています。