契約書や重要事項説明書に「定期建物賃貸借契約」「定期借家契約」という言葉を見つけて、「更新できないと書いてある気がするけれど、本当に出ていかないといけないのか」と不安になった方のための記事です。結論から言うと、定期借家契約は普通の賃貸借契約とは更新の仕組みそのものが違います。この記事では、法律上の要件、確認すべき書面、自分のケースに当てはめて考えるためのポイント、契約前後にできる行動を順番に整理します。
定期借家契約と普通借家契約は何が違うのか
賃貸借契約は大きく分けて「普通借家契約」と「定期借家契約」の2種類があります。この2つの違いを理解することが、この記事全体の出発点になります。
普通借家契約では、借地借家法26条により、当事者(貸主・借主のいずれか)が期間満了の1年前から6か月前までの間に相手方へ更新をしない旨の通知をしない限り、契約は従前の契約と同一の条件で更新されたものとみなされます(法定更新)。ただし、借地借家法26条1項ただし書により、更新後の契約は「期間の定めがないもの」となり、当初の契約期間がそのまま繰り返されるわけではありません。また、貸主が更新を拒絶したり解約を申し入れたりするには、借主からの通知とは異なり、借地借家法28条に定める「正当事由」(貸主・借主それぞれが建物を必要とする事情、これまでの契約の経過、立退料の申し出の有無などを総合的に考慮して判断されます)が必要とされています。実務上、貸主の「自分で使いたい」という程度の事情だけでは正当事由が認められにくい傾向があるとされ、結果として借主は長く住み続けやすい仕組みになっています。
一方、定期借家契約(借地借家法38条)には、この更新という制度そのものがありません。あらかじめ定めた期間が満了すれば、貸主に正当事由があるかどうかにかかわらず、契約は確定的に終了します。これが「更新できない」と言われる理由です。
契約の前に、この違いをふまえて重要事項説明(35条書面)で本当に聞くべき質問リストを参考に、契約期間と更新の有無を必ず質問しておくと安心です。
比較表:普通借家契約と定期借家契約
| 項目 | 普通借家契約 | 定期借家契約 |
|---|---|---|
| 根拠条文 | 借地借家法26条・28条 | 借地借家法38条 |
| 期間満了後 | 原則として法定更新される(更新後は期間の定めのない契約になる:26条1項ただし書) | 更新されず契約は終了する |
| 貸主からの終了 | 正当事由が必要 | 期間満了で終了(正当事由は不要)。ただし期間1年以上の契約では、1年前〜6か月前の終了通知がなければ貸主は終了を対抗できない(38条6項) |
| 契約の方式 | 口頭でも成立しうる | 公正証書等の書面(その内容を記録した電磁的記録による場合を含む。38条1項・2項)が必要 |
| 事前説明 | 借地借家法上の事前説明義務はない(ただし宅建業者が仲介する場合は宅建業法35条の重要事項説明が別途必要) | 契約前の書面交付・説明が必須(怠ると更新なし特約が無効) |
| 1年未満の期間設定 | 期間の定めのない契約とみなされる(29条1項) | 1年未満の期間設定も有効 |
| 住み続ける方法 | 更新(原則自動) | 再契約(貸主の同意が前提、義務ではない) |
注意: 「定期借家だから家賃が必ず安い」という法律上の根拠はありません。契約期間が限定されることを理由に条件が調整されている物件もありますが、必ず安くなるわけではないため、他の物件と条件を比較して判断してください。
法律が定める要件(事実)
ここでは、定期借家契約が有効に成立するための法律上の要件を、条文番号つきで整理します。
1. 契約方式:書面(その内容を記録した電磁的記録を含む)が必須
借地借家法38条1項は、公正証書による等「書面によって契約をするときに限り」、契約の更新がないこととする旨を定めることができると規定しています。つまり書面(またはその内容を記録した電磁的記録)によらなければ、更新がないという定めそのものを置くことができません。「公正証書等」とあるように、公正証書そのものでなくても書面であれば足りるとされていますが、口頭だけの合意では定期借家契約として成立しません。デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律(令和3年法律第37号)による借地借家法改正(2022年〔令和4年〕5月18日施行)により、契約の内容を記録した電磁的記録によって契約が結ばれた場合も、書面による契約とみなされることになりました(38条2項)。なお、この契約書自体の電磁的記録化に借主の事前の承諾は法律上の要件ではありません。承諾が必要とされるのは、次に述べる事前説明書面を電磁的方法で提供する場合(38条4項)です。
2. 事前説明書面:契約前の交付・説明が必須
借地借家法38条3項により、貸主は契約を結ぶ前に、借主に対して「この契約は更新がなく、期間満了により賃貸借は終了する」旨を記載した書面を交付し、説明しなければなりません。これは契約書とは別の書面で、一般に「事前説明書」と呼ばれます。
ポイント: 事前説明書面は契約書そのものとは別の書類である必要があるというのが判例の考え方です。最高裁も、この事前説明の書面は賃貸借契約書とは別個独立の書面であることを要すると判断しています(最高裁平成24年9月13日第一小法廷判決・平成22年(受)第1209号、民集66巻9号3263頁)。この事案では、借主が定期借家であることを認識していたとしても、別個の説明書面の交付がなければ更新がない旨の定めは効力を生じないとして、貸主の明渡請求が退けられました。契約書に「更新なし」と書いてあるだけでは足りず、契約前に単独の説明書面を受け取り、口頭での説明を受けている必要があります。手元に事前説明書がない場合は、契約前に必ず担当者に確認してください。
同じく2022年5月18日施行の改正により、この事前説明書面についても、借主の承諾を条件に電磁的方法(メール送信やウェブ上での閲覧など)による提供が認められるようになりました(借地借家法38条4項)。この電子提供には、貸主があらかじめ用いる電磁的方法の種類・内容を示し、借主から書面または電磁的方法で承諾を得ることが必要です(借地借家法施行令)。承諾していなければ電子で提供することはできず、いったん承諾したあとでも「電磁的方法での提供は受けない」と申し出れば、貸主は書面で交付しなければなりません。
3. 事前説明を怠ると何が起きるか
借地借家法38条5項は、貸主が38条3項の事前説明を行わなかったときは、「契約の更新がないこととする旨の定め」は無効とすると定めています。つまり、事前説明書面の交付・説明がなければ、契約書に「更新なし」と書いてあっても、その部分の定めは無効となり、更新がないという効力は生じません。この場合、賃貸借契約自体が無くなるわけではなく、更新のある通常の建物賃貸借(普通借家契約)として扱われると解されています(前掲・最高裁平成24年9月13日判決も、事前説明書面の交付がなかった事案で賃貸借は期間満了によっては終了しないとして明渡請求を退けています)。もっとも、実際に説明があったかどうかは事実関係の立証の問題であり、結論は事案ごとに異なります。
4. 中途解約:床面積200平方メートル未満の居住用建物の特則
借地借家法38条7項には、床面積200平方メートル未満の居住用建物の定期借家契約について、転勤、療養、親族の介護その他やむを得ない事情により借主が建物を自己の生活の本拠として使用することが困難になったときは、借主から解約の申し入れができるという特則があります。この場合、申し入れから1か月を経過することで契約が終了するとされています。
注意: この特則は「床面積200平方メートル未満の居住用建物」であることが条件で、事務所利用や200平方メートル以上の物件には適用されません。他方で、借地借家法38条8項は、38条6項(期間満了の通知)・7項(中途解約)の規定に反する特約で借主に不利なものは無効とすると定めています。したがって、契約書に「中途解約は一切できない」「解約時は残期間分の賃料を支払う」といった条項があっても、38条7項の要件を満たす場合には、その条項が無効と判断される可能性があります。ただし個別の条項が無効かどうかは事案ごとの判断になるため、契約書を持参して消費生活センターや弁護士にご相談ください。
中途解約や違約金の一般的な考え方については、短期解約違約金とは?発生条件・相場・払わなくていいケースもあわせてご確認ください。
5. 期間満了の通知義務
期間が1年以上の定期借家契約では、貸主は期間満了の1年前から6か月前までの間に、借主に対して期間満了により契約が終了する旨を通知しなければならないとされています(借地借家法38条6項)。この通知を怠ると、貸主は契約の終了を借主に対抗できず、通知をした日から6か月を経過するまでは契約の終了を主張できないとされています。
豆知識: 期間が1年未満の定期借家契約には、この通知義務そのものが適用されません(通知の必要がないまま期間満了を迎えます)。短期の定期借家契約を結ぶ場合は、契約書に記載された終了日を自分で把握しておくことが特に重要になります。
自己診断:自分のケースに当てはめて確認する
ここまでの内容を、自分の契約に当てはめて確認してみましょう。
チェック1:そもそも定期借家契約かどうか
- 契約書のタイトルや条文に「定期建物賃貸借契約」「借地借家法第38条」といった記載があるか
- 重要事項説明書に「更新がなく、期間の満了により契約が終了する」旨の記載があるか
どちらもなければ、通常の普通借家契約である可能性が高いです。少しでも記載に心当たりがある場合は、次のチェックに進んでください。
チェック2:事前説明を受けたかどうか
- 契約書とは別に、「定期借家契約についての説明書」のような単独の書面を契約前に受け取ったか
- その書面を担当者から口頭で説明されたか(説明を受けた記憶があるか)
事前説明書面を受け取っておらず、口頭説明の記憶もない場合、更新なし特約が無効と判断される可能性があります。ただし、これは事案ごとの事実関係(説明の有無、書面の内容)に左右される個別判断であり、この記事の情報だけで「無効だ」と断定することはできません。心当たりがある場合は、後述の相談窓口へ具体的な状況とともに相談してください。
チェック3:契約書に「再契約」の条項があるか
- 契約書に「期間満了時に貸主・借主が協議のうえ再契約できる」といった条項があるか
- 「再契約は貸主が承諾した場合に限る」など、再契約が貸主の裁量に委ねられている記載になっているか
再契約条項があっても、それは貸主に再契約を義務づけるものではなく、あくまで「合意すれば再契約できる」という取り決めにとどまるのが一般的です。契約時に「再契約できると言われた」という口頭の説明があっても、契約書に明記されていなければ、その約束の実効性は書面の記載内容に左右されます。重要事項説明書と契約書の内容に食い違いがある場合の考え方は、重要事項説明書と契約書はどう違う?内容が食い違ったときの対処法で詳しく解説しています。
チェック4:契約期間の長さと通知の有無
- 契約期間は1年以上か、1年未満か
- 期間満了が近づいているのに、貸主から満了通知(1年前〜6か月前の通知)が来ているか
1年以上の契約で通知が来ていない場合、貸主はまだ契約終了を借主に対抗できない可能性があります。逆に1年未満の契約では通知義務自体がないため、契約書に記載された終了日を自分で管理する必要があります。
チェック5:中途解約したい事情があるか
- 転勤、療養、親族の介護など、やむを得ない事情で契約途中に引っ越す必要があるか
- 床面積は200平方メートル未満の居住用物件か
該当する場合は借地借家法38条7項の特則が使える可能性があります。該当しない場合は、契約書の中途解約特則(違約金の定めなど)の内容を確認してください。
メリット・デメリットを整理する
定期借家契約は借主に一方的に不利な制度というわけではなく、双方に一定の理由があって選ばれる契約形態です。感情的に恐れるのではなく、仕組みとして理解しておきましょう。
借主にとって考えられるメリット
- 契約期間があらかじめ明確になっているため、住み替えの計画が立てやすい場合がある
- 転勤者向けの社宅や、取り壊し予定の建物、オーナーが将来自分で使う予定の物件など、普通借家契約では貸しにくい物件が市場に出てくることがある
借主にとって考えられるデメリット・注意点
- 期間が満了すれば、貸主に正当事由がなくても退去を求められること。再契約が保証されているわけではない
- 更新料という概念がない代わりに、再契約時に「再契約料」が発生する契約もあり、契約書の記載を個別に確認する必要がある
- 中途解約特則がない場合、自己都合での早期解約に制約がかかることがある
ポイント: 定期借家契約そのものが「悪い契約」というわけではありません。問題になりやすいのは、①事前説明が不十分なまま契約してしまうこと、②再契約が「できる」と口頭で説明されたのに書面に明記されておらず、後で行き違いが生じることの2点です。書面での確認を徹底することが最大の対策になります。
行動:契約前後に確認すべきこと
確認する書類
- 事前説明書面(借地借家法38条3項の書面):契約書とは別の書類として交付されているか
- 契約書(定期建物賃貸借契約書):契約期間、更新がない旨の記載、再契約条項の有無、中途解約特則の有無
- 重要事項説明書(35条書面):契約期間・更新の有無について契約書と同じ内容が記載されているか
- 国土交通省が公開している「定期賃貸住宅標準契約書」の様式と見比べて、記載が抜けている項目がないか
担当者への確認の仕方(一般的な例)
以下は、契約前に担当者へ確認する際の言い方の一例です。個別の状況によって適切な聞き方は異なるため、あくまで参考としてご利用ください。
- 「この契約は定期借家契約とのことですが、事前説明書面は別途いただけますか」
- 「期間満了後の再契約について、契約書に条項がありますか。ある場合、再契約の条件を教えてください」
- 「途中で解約したい事情ができた場合、契約書のどの条項が適用されますか」
豆知識: 電子契約・IT重説で定期借家契約を結ぶ場合、事前説明書面や重要事項説明書がデータで送られてくることがあります。電子交付の仕組みそのものは2022年5月18日施行の法改正で認められていますが、内容の確認方法は書面の場合と変わりません。オンライン契約特有の注意点はIT重説・電子契約は安全?賃貸のオンライン契約で確認すべきことで解説しています。
すでに契約してしまい、事前説明がなかったかもしれない場合
事前説明書面を受け取った記憶がない、あるいは契約書一式の中に該当する書面が見当たらないという場合は、次のような窓口に相談することができます。
- 消費生活センター(消費者ホットライン188):契約全般に関する相談窓口として、まず状況を整理する助けになります。
- 法テラス(日本司法支援センター):法的な見通しについて相談したい場合の窓口です。
- 各地の弁護士会の法律相談:契約の有効性など個別の法的判断が必要な場合は、弁護士に相談することをおすすめします。
なお、契約が有効か無効かは個々の事実関係(説明の有無、書面の記載内容、やり取りの経緯など)によって判断が分かれるため、この記事の内容だけで「あなたの契約は無効です」と判断することはできません。気になる場合は、契約書一式を持って上記の窓口に相談してください。
まとめ
定期借家契約は、普通借家契約とは更新の仕組みが根本的に異なる契約類型です。借地借家法38条により、①公正証書等の書面(その内容を記録した電磁的記録による場合を含む。38条1項・2項)による契約、②契約前の事前説明書面の交付・説明が有効性の条件とされており、事前説明が欠けていれば更新なし特約自体が無効になる可能性があります(38条5項)。まずは自分の契約書と重要事項説明書を見比べ、事前説明書面の有無、再契約条項、中途解約特則を一つずつ確認することから始めてください。判断に迷う点があれば、契約前であれば担当者に、契約後であれば消費生活センターや弁護士などの専門窓口に相談することをおすすめします。